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高知県天然記念物 土佐錦魚 (とさきん)

余 禄

トサキンと円形

幻のトサキン

 トサキンで最も問題となるのはその体形である。
それぞれの人が思い思いに、独自の方法で飼育の難関を突破して行っているであろうが、頭に描く「幻のトサキン」、つまり、目にみる色や形に上での理想像はどうあるべきか。これは別図に示すような魚体と尾鰭のバランスが、先ず要求されるのではなかろうか。
 つまり、尾軸の付け元に中心を置き、口先までの半径で円を描いた場合、尾鰭の前左右の先端がほぼその円周に接し、尾鰭中軸の先端も同じくほぼその円周に接することを考えねばならないと思う。だからと言って、その尾鰭の左右の両先端が極度に前に出る、言い換えれば、尾鰭が金魚の顔に近づくようなエビ尾も下品でいけない。
尾軸に置いた円の中心で口先に向かう直径と直角に左右の尾鰭の前軸が交わる事を必要とすると私は考えている。尾軸についたキラキラ輝く金色の金座(白では銀座となる)が大きくはっきり出ること。尾軸が余り太く短くなってはいけないが、小さくて細長くなりすぎても良くない。口先もガマの口のようになっては駄目で、細く上品なものが良いなどの条件も付く。
 次ぎに体色は、まず錦、それも白地に深紅色の美しく散ったものが望ましく、純白の金魚は、どんなに体形が良くても好まれない。勿論、赤い金魚なら無難であるが、それも紅の色の薄いものは敬遠される。
 トサキンには、孵化後まる一年たっても、なかなか色の変わらない黒いものも有るが、これは必ず赤色に変わることは間違いないので、じっくり時を待てばよく,尻鰭を1枚か2枚かを心配する人も有るが、これも何れで有ろうと問題はない。
良く、眼球が突き出し気味になって、その原因を尋ねられることがある。これもトサキンの相としては好ましいものとはいえない。恐らく出目気味となる原因は急激な温度の違う水換えに有るのではないかと考えられる。
トサキンは一般の金魚と違って、ガラス越しに横から鑑賞する魚でなく、上から見る金魚である。ゆったりと広がった一枚続きの大きな尾鰭がフワリと前にかぶさる優雅な姿は、決して横から楽しむべきものではない。その柔らかな美しさは、丸い鉢に入れて上から眺めた時に特にその効果を発揮する。
それは、尾軸の付け元を中心とする円周の上に、バランスの取れた十文字型で浮かぶからそうなるのか、その柔軟な姿からそうなるのか、ともかくも、トサキンと円形のは、切っても切れない関係に有るように思えてならない。


丸鉢の製造

丸鉢

 
 現在使用されているセメント丸鉢には2種類ある。
一つは摺り鉢型、今一つは椀型の金魚鉢である。市販されているものは椀型が多いが、太陽光線は直線を進むから、どちらかと言えば摺り鉢型のものが日照効率は良い。しかし、太陽が真上近くから当たるようになれば、いずれ甲乙はないし、乱反射になるから言うほどの事はないにしても、むしろ凹面反射の効率から考えると、椀型のものが良いかもしれない。何れとも言えないが風雅の点では摺鉢型が優っているのではなかろうか。  
鉢の略図最近は手作りの味と言う事がよく言われる。日曜大工で木型さえ作れば、後は素人でじゅうぶん立派なものができる。
別図のような、摺り鉢を逆さに伏せた形の木型に、ぬれた新聞紙を張り付け、その上に濃い石鹸液か廃油をつけて、セメントに小砂をあわせたものを1センチ2ミリくらいの厚さに塗り重ねたら良い。亀裂を防ぐのに鉄線を入れるなら、なお結構である。
外側は左官ゴテで綺麗に仕上げ、翌日硬化してから型を引き抜き内側はセメントだけを濃い目に水に溶いた液を良く塗りかけて、表面の目塞ぎをすればよい。。この種の鉢なら最も簡単に良いものが作られよう。


必要な道具

 飼育する道具といっても、トサキンに特に必要なものはこれといってない。手作りの味を楽しみながら金魚を飼うのもいいもので、強いて言えば、整形手術が多いから、爪きり用の刃先のカーブした小鋏を一つ備えて欲しいと言えようか。エラ反りを切るにも尾鰭を切るにも、これが有れば大変便利、人工交配や選別には32センチ径の琺瑯引き洗面器4ッ5ッを求めればよかろうし、小さな稚魚の掬い出しには椀型の杓子とダシ取り用の金網杓子、また水換えには1.5メーター程度のホースがなければならない。
 トサキンは大きくなると、先ず網で掬うことは避けねばならない。これは魚体や鰭を傷めるのを防ぐ為に、金魚鉢に長い木栓をさすのを遠慮すると同じく体の変形を避けるためで、3センチ程にもなれば、必ず魚体の前方より手を入れて、常に指と掌にトサキンを載せるように取るのと同じである。こうして、トサキン飼育には絶対に魚体を傷めぬ事が要求される事を忘れてはならず、いろんな道具は必ずそれを勘定に入れて作ることを頭に置いておくことが大切である。


金魚の気持ち

 目白飼いの名人は、朝の餌を与える時、目白の鳴き声と動作で小鳥の機嫌が分かるという。金魚も同じであって、その動作と顔を見れば彼らの気持ちはすぐ判る。何かぼんやりして動きの鈍いのは、必ずどうかしている。先ず、水質と温度と餌と体の外観から判断する事が大切で、水質温度に心当たりがなければ、絶食させて隔離する事が必要となる。
 金魚も人間と同じく四百四病を持っている。胃腸障害も、風引きも、皮膚病も起こす。顎の下や尾鰭に黒い斑点ができたり、体に白い粘りの付いたりするのは風引きで、エラ腐りなどは人間の肺病と思えばよい。とにかく清潔に飼う事が第一で、外から菌を入れないように、自分の手は何時も綺麗にして置かねばならない。白点病などは清潔さと日光に注意すればそう簡単につくものではない。
 金魚は気分が悪くなれば、それがすぐ目に表れるもので、眼球の下部が下へへこんで頬落ちした金魚はすごくお化け的な感じを受ける。こうなれば、確実に病気になっている。だから、素直な丸みをして餌を欲しがってくるのは、気持ちの良い健康な証拠と考えてよい。


水と苔

 美しく晴れた空と澄んだ水。それは清らかな環境を思わせる言葉である。しかし金魚には澄んだ水は必要では有るが、清らかな新しい水はいけない。トサキンに最も適当するのは、自然の透明な池水状態の水である。一般にはこれをこなれた水という。そのためには、飼い水を作る別の水槽を準備するのが一番いい方法だが、スペースが許されない場合が多いので、自然と三分の一程度の古い水に新しい水を混ぜる訳になる。それでも結構間に合うし、欲張った事は言えないが、理想をいえばそうあって欲しいものである。
 水には必ず苔がつく。金魚は盛んに口で突っついてこれを餌にしている。人間でも肉食ばかりでは生きられないように、魚類もアカコだけでなく苔を必要とする。そして成長している。かといって、トサキンの鉢に真っ青に分厚い苔を付けてよいかというと、いささか事情が異なる。なるほど、体の赤さを増すには一つのいい方法で有るが、無暗二苔を食べてくれては体に丸みが付かないし、稚魚の場合に成長の鈍ることは前に述べたが、それ以上に夏場の異変が恐ろしい。
日光の良く当たる時、金魚鉢を良く見ていると、苔の間から小さな気泡が盛んに上がっているのが見られる。酸素の気泡である。この気泡の発生によって、水中の酸素が多くなることは有りがたいが、過飽和になった酸素は金魚の体に入り、血管を伝って鰭の中に行くと、鰭は一面に白濁し、泡だらけになってしまって充血を起こし、魚体の衰弱と共に尾腐れ、鰭腐れが起こる。トサキンが美しい尾や鰭を失っては駄金に等しい。このような状態を発見したら、手早く別の温度の低い澄んだ水に移す事で、半日も経てば完全に回復するから、泡のところをこすったりせずに安静にすることである。
 気温が高くなると、苔も盛んに増殖するようになる。微粒になって水が青緑に濁り始めるのが見られるが、これは金魚には迷惑なことで、エラの呼吸が不十分になるし、窒息死のほかないので、良く注意して苔を落とすことと水換を頻繁にする必要がある。
稚魚を入れた鉢の水面に、緑の薄い膜のように苔の汁が広がり始めるのは非常に危険であるが、もし時間の余裕のない時は古新聞を水面にベットリ載せて引き取ってやれば、表層の汚物は大概が取り除かれるのでこの方法を取れば便利である。


異 変

 「災害は忘れた頃にやってくる」とは、人間の油断に対し自然の脅威を説く言葉だが、金魚の飼育にも同じようなことが言える。油断こそ大敵で何時どんな事が起こらぬとも限らない。保温の為入れていたヒーターが過熱して、大切なトサキンを煮てしまったとか、野良猫が侵入して、一夜のうちに一番良いトサキンが姿を消したとか、急激な気温の上昇で、飼育鉢の底の水苔の微粒が水面に浮き上がって、稚魚が窒息死してしまったとかアカコの刻み方が大きかったので、漸く成長しかけた稚魚が内臓破裂を起こしたとか水換えを怠った為に、水中の苔から発生する酸素が多くなって鰭に気泡が入り、完全な尾腐れになったとか様々な話がある。全く泣くに泣けない悲劇で有るが、このような不注意による異変を乗り越えてこそトサキンの飼育は、その技術は上達する。
 飼育20年にして、今年もとんでもない失敗をやってしまった。というのは、彼岸の墓参に行って帰ってきた午後、いつものように早々に金魚鉢の所に廻って見ると、意外、長さ2メートルに近い大型冬越し用の鉢に水がなくなって、大小15のトサキンが水気の多い場所に完全に横になっている。古くなった鉢なので気にはしていたが、重みに折れてしまって水が抜けたのだ。中には魚体の片面がカラカラに乾いてしまったのもいる。息も絶え絶えの金魚を別鉢に移して何とか回復させたのはよいが、二つだけは太陽光線に当てられて粘膜がはげ眼球は白くなり、鰭も切れて無残な姿である。産卵を間近に控えてのこの異変には驚いた。その時の気持ちはまさに「夢去りぬ」の一語に尽きる。
 誰でも冬場は越冬のために金後を集合させるので、庭には使われずに空いた鉢ができる。その中には一ヵ年の勤めを果たして、修理を必要とするものが必ずある。もし其のままに水を張れば、水漏れも起ころうし、ひび割れからつぶれるものも出よう。その時、点検と修理を怠るとこのような異変に出くわす。この度は何とか助けたから良いが、少し時間が遅れていたならどうなっていた事か。その後の戻り寒に、大池をなくした不自由さをしみじみ味わったものである。


産卵への準備

 寒暖定まらない花冷えの季節から菜種梅雨にかかると、万物みな息を吹き返す大成長運動がこの地上に始まる。
この大自然の変化に伴って、金魚も同じように産卵を始めるものとみえて、日暮れ時に何時もなら、餌にとびついてくるはずのものが、何かトロンとして活気がないような事が起こる。別に異常は認められないのにと、いささかいぶかしい気持ちを持たされるような日の翌朝は、必ずと言ってよいほど産卵が始まる。
そんな時に雌魚の腹部を圧してみるなら、ひどくユブユブした柔らかさを感じるもので、念のため排卵孔を調べて見ると、きっとその魚では異常に大きく膨れ上がって開きかけていることに気付くものである。
 そこに長年の勘がはたらくもので、熟練した飼育家は、早急に棕櫚の毛を煮沸して束ねたものを金魚鉢の隅にいれ、洗面器は人工授精用に少なくとも二つを準備して、仕事に便利なように、雨の降らない事を祈りながら翌朝を待つのが普通である。  産卵の予測される朝は決して寝坊をしてはならない。夜明けを待って何よりも先ず、金魚鉢の様子を見ることだが、採卵用の棕櫚の毛で注意しなければならないのは、それを縛り付けるのに針金は一切用いない事である。もし金属の部分に金魚の体が強く当たった時は鱗を傷めるし、場合によっては召す魚を傷つけて死亡させる原因にもなりかねないので、金属類は一切使用してはならない。
 次ぎに、産卵を終わった雌は取り外して手早く休息させる必要があるので、そのために別鉢に水を張っておく準備もぜひとも忘れてはならないことの一つである。万一、自然採卵と人工授精を併用したいのなら、途中から人工授精に切り替える必要があるので、その時には、兼ねて準備しておいた洗面器を使用するがよい。


稚魚の選別

 トサキンの飼育にまだなれない時、一番困るのは稚魚の選別で有ろう。
風薫る新緑の頃は、飼育者にとって最も煩わしくまた最も楽しみの多い時節でもある。トサキンの稚魚は生後1週間余りもすれば尾鰭が開いてくる。メダカの子供のような一本の尾にポッと丸い尾鰭が見え始める。体長5ミリにもなれば、尾の奇形は判別が付く。つまり,たて1枚の尾か、それとも横広がりかは判るようになっている。
 先ず、縦1枚尾はトサキンの部類に入らないから外さねばならない。次ぎに体長1センチに成長すると、尾さきの割れたサクラ尾も選別できる。1センチ5ミリ程度になれば背鰭の有無も確かめられるし、大切な尾の広がり具合も見当が立つようになる。この頃からは、俗にいうユトリのある尾の稚魚を選び出すのが肝心であるが、そのユトリのある尾の形も、馴れた人なら勘ですぐ見分けて行く。しかし、初心者には、そのよさが胸にジンと来ないので、つい見込みのあるものを捨てる事が起こる。 稚魚選別では、ユトリがあるとは、どんな事を言うのであろうか。それは一見して堅い感じのない、ゆったりとして柔らか味のある、これから良い尾に広がる可能性を持った尾鰭の事で有るが、体長1センチ5ミリ位の稚魚で、尾の開きが60〜70度以上、2センチのものになれば、90〜100度以上、2センチの稚魚なら、背鰭の有無も尾のツマミも、尾端の切れこんだサクラも充分に見分けが付く筈で、この頃から、成魚並に出来上がった張りの良い尾鰭になったもので、立派な魚体の親魚になるものは絶対にないから、幾ら形が整っているからと言って、そのような稚魚を拾ってはならない。もし、これを育てるとすれば、親魚になってひっくり返ること確実である。
 生後2ヶ月・3ヶ月と経過するにつれて、稚魚から子魚、子魚から当歳魚といわれるようになる過程で、それぞれの尾のできてゆく時期、体のできてゆく時期がある。その時、その時を見計らって育てる事が大切だが、盆栽の木のように、つまりは将来を見込んで選び抜いて行く心構えが大切である。
 4ヶ月もすれば、もう大体の見当は立つわけだが、これはと思うような、言い換えれば心をズンと突いてくるような感動をこちらが覚えるようになるには、相当の経験を積まないと簡単には到達できるものではない。それでもその勘が裏目に出ることもあって、やはりトサキン飼育は一種の造形芸術であり、その道に限りはない。