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高知県天然記念物 土佐錦魚 (とさきん)

夏〜秋

台風シーズン

 高知県は台風銀座という。大自然は何時も平穏な顔だけしている訳ではない。昭和45年の10号台風といい、45年の5号台風といい、恐ろしい自然の猛威にさらされた経験は誰もが持っている。10号台風は8月21日だった。全く予期しない直撃にその被害は大きかったが、床上を越す浸水と、荒れ狂う暴風雨の中に、家財の救出に懸命となって、金魚の救出までは手が回らなかった。
取り残されたトサキンたちは、鉢を出てしまって、住み慣れない濁水の中をあちらこちらと彷徨ったことであろう。哀れな死骸が翌日に水の去った家の周辺に見られ、ようやくバケツに取り、入れてあった少数のものも、濁り水に痛められたのと、急遽汲みいれた水道の水に当てられて既に事切れていた。もう二度と金魚は飼うまいと、泥にまみれた金魚鉢を見ながらしみじみと思った事である。
 このような大水はまず希なことだが、浸水の危険のある地域では、それを予測して、或程度高いところに金魚鉢を据える事で、その位置が高ければ、冬場にはそれだけ日照条件もよくなるわけで、台風の季節に備えてのことだけでもない。雨風が荒いと、小さな鉢では必ず水全体が動揺する。こんな時には、事前に状況を把握していて、ビニール障子をかけ、更に横板を渡して煉瓦で重くするくらいの手配は必要である。そうしなければ、大切なペットを全滅させ、呆然自失することになりかねないし、屋根からモルタル汁などが落ち込むのを防いでおくのも用心の一つであろう。


秋とトサキン

 高知では、当歳魚は10月一杯はまだ大きくなるという。だが、そぞろ秋めいてくると、もう5〜6月のようには急激な成長はしない。親魚は別にして、見込みの薄いものは処分したのだから、当歳魚も数が減り、じゅうぶんな栄養を与えられている。親子共に翌春への備えがこの頃から始まる。
 中秋の名月・彼岸の入りと聞けば、如何にも秋らしい感触の言葉であるが、高知の夏は長いので、新暦9月はまだ夏の気配が強い。コスモスの花は秋霖(しゅうりん)前線の細かな雫がかかるようになって、漸くに秋の訪れを知るといってよい。10月に移ると、昼夜の温度差が始まり、金魚は温度に関する限り、温と冷の二つの世界に、24時間を二分して住まうようになる。当歳魚ではまだ変色しない黒いものが多い反面、綺麗に色変わりして一人前の顔をしたのも出てくる。その年の金魚の季節の週末を飾る品評会も秋に1〜2回開かれるが、親魚の整形手術はこの頃手っ取り早くやっておくがよいし、当歳ものでも、エラ反りなどの軽いものは一向に差し支えがない。
一番恐ろしいのは、昼夜の温度差による病気の発生である。春の早い頃と同じように、夜の水温を暖かく保つ事に注意して、激変を避けなければならないが、外見上何の変化もないのに急に元気がなくなってくるのは、大抵この温度を考えずに無防備でいたために起こると思えばよい。ヒーターを使わないなら、夜間はビニール障子に板とか毛布をかける用意もしなければ、この頃を無事に越せない事が起こる。このような保温を上手く行うには、もう丸鉢をやめて角鉢に金魚を移し、夜の完全なむしこみのできるようにしておくことだろう。
 最近は熱帯魚飼育の流行により数多くの薬品が出回り、金魚の病気に対する治療も楽になったように思えるが、実際にその指示道理に治療ができるかといえば必ずしもそうではない。そこに飼育家の悩みがある訳で、全てが全て黴菌によるものとは限っていないので、こちらが首をかしげる例がいくつもある。まず黴菌には食塩と赤チンが一番手っ取り早いが、例えば鱗の逆立つ『松かさ病』等、鱗の下に黴菌の入ったものといっているが、これに正露丸(クレオソート)の小さい切れを口に飲ませて隔離しておくと治療する場合が多い。これなどは或いは胃腸障害が主原因であるかもしれない。その他に手っ取り早く治療するには、エラ腐りなど、エラを開いておいて抗生物質の入った目薬を1〜2滴たらしておくと速効があるし、常に薬を探して無駄をせずとも上手くやれるから、何事も研究である。