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高知県天然記念物 土佐錦魚 (とさきん)

秋〜冬

太陽の子

 茜の空に鱗雲が輝き、時には北山颪まがいの季節風が吹くようになると、さすがに土佐の秋も深まった感を強くする。日暮れの早い時期であるが、トサキンたちは日中は体一杯に太陽のビタミンを蓄積しようと、貪欲なまでに、温度の高い水面に近づいて来て日光を吸収し始める。木枯らしが吹き、氷がはり、雪が降る冬がやってくる事を彼らは本能的に知っているのだ。
 同じ金魚族にしても、トサキンほど太陽に支配され、それに影響される金魚はいない。まさにトサキンは太陽の子である真夏の30度を越す水温には平気だが、日陰と低温には実に弱く、それは他の金魚と比較にならない。この弱点の克服こそ、トサキンを天下のトサキンとする唯一の道では有るが、夥しいハネキンの生まれる事と並んで、なかなか打ち破ることのできない問題の壁となって飼育者の前に立ち塞がっている。


冬越し

越冬用の小型水槽 温度が下がるにつれて、水中に溶ける酸素の量は多くなるので、同じ容量の水槽でも数多くの金魚が飼えるようになる。
そのために冬場は酸素不足の心配は起こらず冬越しには夏場と違って、或程度多くの成魚を入れても飼育できる。
 無事に冬越しさせる要点は、保温のためビニール障子をかけておくこと、次ぎに夜間は必ずその上に毛布をかけて覆いをする事であるが、最も大切なのは、風当たりの少ない、日光のよく当たる所を選んで冬越しの場とする事で、そのためには、日を受けるように、水槽の深さは15センチ程度越えないようにし、またセメントも或程度の厚みのあるものとして、外からの寒さを防ぐと同時に内部からの放熱を避けるようにしなければならない。
 もしヒーターを入れるとすれば、厳寒の時でも、内側寸法15センチ×50センチ×20センチくらいの水槽なら100ワットを1本でよい。この程度のものを使用すれば、自然放熱が作用してサーモスタットを使う必要はなく、15度程度の常温は保てるので、魚の寒さに対する抵抗力を失わせる心配もない。いくら冬だからと言っても、たまには気温のあがる事もあるから、昼間の天気により、電流を通すのを調節するだけの配慮は有って欲しいものである。万一、加温装置を付けた時、暖かさが過ぎると、必ず水が濁ってきて、その結果は鰭腐り、尾腐りを出す原因となるので、水の状態にも細かい注意を必要とする。つい2〜3日忘れていたというような場合に、何か異変が起こるものである。
 冬の日中でも気温が高くなれば、金魚は必ず食欲が出る。今では、熱帯魚の店で、いつでもアカゴを買うことができるが、もう小魚も大きくなっているので人工餌(ベビーゴールドや乾燥ミジンコ)を与えてよい。与えすぎのない様に気をつけないと、脂肥えや胃腸障害の元となるので、控えめに彼らの要求を満たしてやるのが良いのであって、冬場の餌切りは必ずしもする必要はない。


芸術作品

越冬用の大型水槽 トサキンといえば、嘗ての呼吸器病患者のように、か弱くて「佳人薄命」の代表的存在であるかの如くいわれている。
真綿でくるんだ病人のように飼い始めはその実感をいやというほど味わったものだが、それでも考えてみればトサキンとのそもそもの出会いから、もう20年を越してその飼育が続いているので不思議な縁である。
 版画の創作・地方史の研究・トサキンの飼育と、この三つの活動は、私の人生に於いて、丁度同じ頃にスタートを切った。そして、その何れもに対する執念がそれなりに結び合って、私の場合はその作品に土佐の匂いを出しているという批評を受けている。
 今飼っているものは私の創ったものであり私の家族である。何の不安もなく、私は私のトサキンを眺めている。彼らの生命は私の生命の一部にも等しく、「寒い」とか「腹がすいた」とか、言葉に出ない彼らの声も私の心に伝わってくる。言うなれば、私の生きた芸術作品でもあろうか。それにしては、何年たっても、これで良いという名作が、未だに生まれてこないのは残念だが、この道は無限であり、その涯(はて)は遠い。こんな感じに打たれるのは、きっと長年経験をつんだトサキン飼育者の皆に共通するものであろう。
 当歳魚で品評会に入賞するのは易しい。しかし、それを立派な成魚として、更に引き続いて入賞させるのは非常に難しい。つまり、天然記念物に指定されるに値するトサキンとして育て上げる難しさ。
ここにトサキン飼育の本当の難しさがあり「トサキンは育てるのが難しい」とは、実はこのことを言っている。トサキンは飼っているが本当のトサキンはいない。まさに「幻のトサキン」であり、保存会の人々は常にこれを求めて苦しんでいる。
良い金魚になったと喜んでいると、冬場にひっくり返ってしまい起き上がらない。腹を上に向けて生きている。浮き袋の異常とも、体と尾のバランスの異常とも言うが、変な極道者が出るもので、知らない人は、トサキンとは寝ていて餌を食う金魚の事だと思っている。ところがそうではなくて、こんな極道者には、審査員は賞を与えない。
トサキンとは何か。
それはトサキン族中の傑作を言うと思えばよい。それこそ千に一つの希少価値に輝くものに他ならない。だから結論として、残念だが私の家の金魚鉢にはトサキン族はいるが、トサキンはいないのである。